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「愛についてのキンゼイ・レポート」

アメリカ、インディアナ大学の助教授キンゼイ(リーアム・ニーソン)は助手たちに、アメリカ各地を一緒に旅しながら個別面接で、人々の「性」の実態のデータを収集するよう命じる。キンゼイは助手たちと面接の方法について試行錯誤するが…。

★★★★

キンゼイが巨根だったとは知りませんでした。次の画像は、彼のペニスの長さを医者に教えるところです。ものさしが足りません(笑)。
kinsey.jpg

新しい分野に切り込んだ科学者の生涯を、その功罪も含めて極めて重層的に描いた良質の伝記映画でした。邦題はダメで、きちんと「セックスについてのキンゼイ・レポート」としなければなりません。じゃないとキンゼイやこの映画の作り手たちの本意を見失います。心(=愛)と体(=セックス)のうち、体についてのみに限定しているのだと言う点。

序盤に、キンゼイの講義のシーンで、研究対象としている昆虫についての話しがあります。10万以上のサンプルを集めて観察してみて驚いたことに、一つとして他とまったく同じものは存在しないと言う点。そう、生物界は多様なのだ。この多様性こそ、キンゼイが昆虫の研究で実感した生物界の真理であり、人間も生物界の一員である以上、多様であるのがディフォルト。さらに、人間の性行動も多様性が本質。この性行動の多様性を積極的に容認すべきだというのがキンゼイのメッセージだったのだろうと思います。恐らく、映画の作り手たちも、そこら辺りには共感している部分があってのこの映画かと。

ただ、科学者の描き方は類型的で、やっぱり研究没頭型で社会と対立。そしてそこに惚れつつも、行き過ぎを心配する奥さんという、ありがちのパターンをたどります。

キンゼイの時代は1940年代から50年代で、その後、60~70年代を経て、性行動や性的嗜好についての理解や、同性愛者についての生物学的な理解も深まったわけですが、残された問題が「心」の点なのでしょう。中盤に、ひどい虐待にあったシカゴの同性愛者の話しが出てきて、ああいうひどい目に会う人は減ったかもしれない。だが、後半に出てくる、調査員同士の嫉妬による喧嘩の理解とか、少年を性的に虐待していることを自慢する10秒射精オヤジの愚劣さとかの解明には、どうしても心や愛の問題を避けて通るわけには行かないと。そして、その心や愛の問題は、いまだに解決していないのだった(そりゃそうだ)。それは科学的には21世紀のハードプロブレムの1つで、認知心理学とか脳科学とか人工知能の連携で徐々に解決されていくのだろうし、それ以前に、文学・映画・マンガなどのフィクション面でいろいろな可能性が示唆されていくものなのだろうと思います(おお、こんな愛の形も、ありなのか! 共感できるではないか! といった形で)。その意味で、アタクシの本拠地でやってることも、新しい男女の愛の可能性を探っているものと理解ください(大笑)

その関連で、キンゼイがバイセクシュアルであること(調査員の若い男性とセックスします)や、その若い調査員もバイセクシュアルで、キンゼイは愛妻を彼に抱いてもらいます。奥さんも彼と、自宅の2階の寝室、夫婦のベッドの上でセックスします。奥さん、喜びます。キンゼイの旦那さん、階下から、もう仕事にいくぞ! 早く降りて来い! と体を絡ませあってる奥さんと彼に叫ぶのでした。wifestoriesを読みに来ていただいている方々には、その点でも見所があると思います。

愛についてのキンゼイ・レポート@映画生活
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