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「禅 ZEN」

goo映画より

鎌倉時代。仏道の正師を求め、24歳で宋へ渡った道元。修行を積んで悟りを得た道元は、帰国して如浄禅師の教えを打ち立てることを決意する。周囲には次第に道元の教えに賛同するものが増えてくるが、それを妬んだ比叡山の僧兵の圧迫により、道元たちは越前へ移る。永平寺を建立して門徒たちの指導に励む道元のもとへ、ある日六波羅探題の義重が訪れた。時の執権・北条時頼を怨霊から救って欲しいというのだ。道元は求めに応じて、鎌倉へと向かう。


禅
★★★

(2009/2/17)

・冒頭、幼少の頃の道元の母の高橋恵子が「来世に行けば極楽浄土が待っていると言い、それを人々は信じているが、生きているこの世に浄土をもたらすのが本当だと思う。それを人々に与えるにはどうしたらよいか」といった問いを出していた。その問いが答えられると期待したのが間違いだったのかもしれない。
・いや、答えは、座禅をすれば得られるというものなのだろう。だが、それは答えとしていかがなものか。
・内田有紀演じる、生き延びるため子供の頃から泥棒をし、成長してからは、仕事もなく、結局、体を売って生き延びている悲惨な娼婦が登場する。彼女を救う形で答えが出てくるのかというと、結局は、彼女も出家して救われるというオチなのだった。ということは、みんな出家すれば救われる、出家しないなら救われないと、そういう教えなのか、ということになってしまうだろう。
・出家するしないにかかわらず、道元の教えを反映した生き方をすることにより、救われるとしないと、単なる、宗教宣伝映画に成り下がるのではないか。
・座禅により、自然な生き方を悟るというのを映画で表現するのは、確かに難しい。この映画でも道元が悟りの境地に達する夢幻的なシーンが出てくるが、蓮に座った道元が宙に浮かぶなどといった表現では、失笑せざるを得ない。ただ棚田に映る無数の月の映像には、好意的だ。
・藤原竜也が出てきて、悪霊たちに悩まされるところがあるが、これも笑いを取ろうとしているように見えてしまう。
・ラスト、永平寺からぞろぞろとリアルの僧侶たちが階段を降りてくるが、これも何かの悪い冗談にしか見えなかった。みな顔がうつろで、歩き方がだらしなく見えたのだ。
・ただし、宗教家の人生を描いているため、その、凛とした行動、清廉としたたたずまいなど、見ていて、汚い自分自身までも美しくなったような錯覚を得られ、その点で★は一つ増やしたい。
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